雨あがり

映画コラム【Brokeback Mountain/カミングアウト】

1963年夏、ワイオミング州のブロークバック・マウンテンの山中で羊の放牧を行う季節労働者として、牧場手伝いのイニスとロデオ乗りのジャックが雇われた。2人は過酷な労働を通して友情を深めていったが、ある夜、ジャックがイニスに誘いをかけ、2人は一線を越えてしまう。 
労働契約の終了後、人ははっきりと再会の約束をしないまま別れ、お互いに妻を持ち別の道を歩むようになる。4年後、ジャックがイニスの元を訪ね、2人は再会するが…。


同性愛の代表作にも入るこの作品。色彩、音楽、カットが全体的に暗鬱としており、ひじょうに静的なイメージを受ける映画です。意図的にBGMを抑えているのか、あまり作中挿 入歌もありません。映像が淡々と過 ぎていくので、余計に2人の恋事情が熱く見える。
家庭を持つイニスですが、妻に対する愛情とジャックに対する情欲の温度差が、まるでサーモグラフのようにはっきり見て取れます。

この当時、60年代のアメリカは同性愛者の人権なんてあってないようなもの。ホモフォビアに暴行されて、殺されて、それでも同情すらされず、犯人は大した罪に問われないような、そんな時代。決して幸せになれない2人なのに、すごく楽観的なジャックと、正反対に常に憂いを持っているイニス。ジャックは周りを不幸にしてでも愛に生きる性分なのに対 して、イニスは「普通」の生き方を尊重する。だから自分の感情と世間一般の常識のはざまで殺されそうな顔を常にしている。そこがああ、人間だなって。イニスが常にノーマルとして生きようとジャックを諭して、でもついぞ愛情と快感に勝てなくて…そんな苦悩がすごく伝わってきます。ある意味、ものすごく即物的な映画。静かで淡々としていて、なのに即物的。ここでもまた正反対のギャップ。 

流れる映像を淡々と観て、はらはらと涙する。観客であるはずの自分までを含めてサイレント映画の一環のような、そんな感覚になる映画です。


陽はゲイの大学生。親友の昇に片想いをしているが、大学のサークル仲間にも一緒に暮らす家族にもゲイである事は隠している。 唯一、新宿二丁目の行きつけのBrsB♭ではありのままの自分でいられる。以前よりセクシュアルマイノリティも生きやすい時代になってきたが仲間達との友情や恋愛の他、就職や結婚など将来への不安は尽きない。過ぎ行く日々の中、陽の周囲に起こる様々な出来事。いつしか陽の中にある思いが生まれ始めていた。葛藤の末 に陽が進む道とは。


LGBTsを別世界と思っている 人たちが、何でもないような顔をしてありもしない嘘を重ねたり、思ってもいないことを口にしたりするときに負う主人公の「傷」から、(特にク ローズドの)当事者が普段どのように感じているのかということを知る入り口としてはよい邦画だと思います。 カミングアウトを通して精神的なやり取りを描いているので、どの年代でも楽しむことができます。 当事者としては、映画を見ていると、「いつかなんてやってこない」カミ ングアウトという気の重いことに向 き合わざるを得ません。 主人公がカミングアウトする瞬間は、何度目でも胸がはち切れるような緊張、不安が漂う異様な空気感が 伝わってきます。

筆者はカミングアウト経験はほばありませんが「きっとカミングアウトってこういう感じなんだ」と、何だか自分がカミングアウトしたかのようです。 映画でも、綺麗事のようには主人公のカミングアウトは正直上手くはいきません。そんな上手くいかない現実を目にしてどうすればよいのか? そもそもカミングアウトをすべきなのか? 改めて考える契機となるはずです。また、筆者自身も普段はクローズドの当事者として生活していますが、当事者の気に引っかかる「あるある」な発言の数々にも同感することのできる映画でした。

2018年発行雨あがり創刊号「はじまり」掲載